さみしさの周波数 乙一


2006.7.24 せつなく、そして優しい挿絵 【さみしさの周波数】

                     
■ヒトコト感想
挿絵の効果がものすごいことをあらためて認識させる作品だ。小説の内容がどのようなものであれ、ある程度読んでいくうちに登場人物達を頭に思い浮かべる。本作のように挿絵があると当然その挿絵をイメージして読んでしまう。もし挿絵なしで普通に読んだとしてもせつなくいい話なのだが、どこか憂いを帯びているような挿絵、そして一点の曇りもない目の輝きなど持つ挿絵がより物語をせつなく、そして悲しいものにしているような気がした。乙一という作家の丁寧な文章がそう思わせているのかもしれないがやさしく、そしてやわらかい雰囲気を終始感じることができた。読んでいてほっとする作品だ。

■ストーリー

「お前ら、いつか結婚するぜ」そんな未来を予言されたのは小学生のころ。それきり僕は彼女と眼を合わせることができなくなった。しかし、やりたいことが見つからず、高校を出ても迷走するばかりの僕にとって、彼女を思う時間だけが灯火になった…“未来予報”。ちょっとした金を盗むため、旅館の壁に穴を開けて手を入れた男は、とんでもないものを掴んでしまう“手を握る泥棒の物語”など。

■感想
せつない話やちょっと怖い話、そして悲しい話。全てが高い水準を満たしているとはいえないかもしれないが、その雰囲気は独特なものを持っていると思う。一昔前の恋愛小説のように感じた”未来予報”だが、読んでいくうちに挿絵の効果もあいまってより恋愛小説風になっていくのだが、結末は予定調和的ではない。このへんが乙一独特のひねりを利かせたものなのだろう。

”手を握る泥棒の物語”は何かこれといって特徴があるわけでもないが、ありえないシチュエーションやありえない展開が面白く、そしてここでもまた挿絵が絶大な効果をもたらしている。文章ではこういう体勢になっていると言われ、頭の中でイメージしてもやはり絵でそのものが描かれていると印象が大分変ってくる。本作に登場する全ての登場人物にいえることだが、皆優しい人間であり相手のことを思いやる気持ちを持っている。そしてそれが乙一の文章で読み手に伝わり、挿絵によってその雰囲気が倍増される

他の短編はホラーと悲しい物語だが、他の作家の短編に比べて乙一の作品は短編になってもクオリティーが落ちないような気がする。小説家の中にはすばらしい長編を書くのに短編集になるととたんにテンションが落ちたようにその質が下がるような作品をいくつか読んだことがある。もともとが短編向きの作家なのかもしれないが、今まで読んだ短編集で大ハズレと感じたものがなかったのはすばらしいと思う。

好き、嫌いが激しく分かれる作品かもしれないが、僕は好みだった。




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