レキシントンの幽霊 


2007.1.15 真に迫る語り口 【レキシントンの幽霊】

                     

評価:3

■ヒトコト感想
七つの短編。その中でも一人称で語られている物語はまるで作者本人が経験したことのような臨場感があった。これが作者の作家としての力なのだろう。「レキシントンの幽霊」であったり「七番目の男」だったり。物語自体はファンタジーにあふれているのだが、それを語る口調が真に迫っているというか自分が本当に経験したことのような雰囲気がある。そして不思議な世界の中にも昔話的な教訓があり、明確な指針は示していないが、心の中には教訓的な印象が残っている。なんてことないような話でも心に残るのはやはり作者の力量のなせる業だろう。

■ストーリー

古い屋敷で留守番をする「僕」がある夜見た、いや見なかったものは何だったのか?椎の木の根元から突然現われた緑色の獣のかわいそうな運命。「氷男」と結婚した女は、なぜ南極などへ行こうとしたのか…。次々に繰り広げられる不思議な世界。楽しく、そして底無しの怖さを秘めた七つの短編を収録。

■感想
「沈黙」「トニー滝谷」「七番目の男」が印象深い。すでに村上春樹作品を読み続けてずいぶん経つので、この作者に明確な答えを求めてはいけないということを理解していた。その状態で読むと、面白さがおぼろげながらも感じることができた。特にこの三作は深さを感じることができる。なんでもないことのようで心の奥底をえぐるような感覚。これは体験していなければ語ることができないことのように感じた。

「氷男」は何か教訓めいたことを暗示しているようだが、それをはっきりと理解することができなかった。昔話的な様相の中に、はっきりとした理由はわからないが言いようのない悲しみも感じてしまう。緑色の獣の話も悲しさというのは感じなかったが、哀れみと理不尽さを感じてしまった。あまりに不思議な話すぎて、それに麻痺してしまったというのもあるかもしれない。

「トニー滝谷」は映画にもなっているようだが、映像化された物語も見てみたい。常識では通用しない物語の中で普通に暮らす人々。丁寧な文章と雰囲気重視の不思議さ。はっきりとした答えを得ることができないが、癖になる作品かもしれない。短編ということでさらりと読めるのもよい。これが超大長編だったりすると途中でテンションが下がり読み進める集中力がなくなってしまうだろう。

適度な長さと作品自体の雰囲気がガラリと変わるのは読んでいて飽きがこない。



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