ミッドナイトイーグル


 2008.7.18  日本版アルマゲドンか? 【ミッドナイトイーグル】  HOME

                     

評価:3

■ヒトコト感想
日本版アルマゲドンと言った方がいいのだろうか。もちろんスケールは全然違う。本家が宇宙で全人類のために犠牲になるとしたら、本作は長野の山奥で関東地方の人間のために犠牲になろうとする。しかし、どんな規模であっても、自己犠牲の精神というのは何かしら涙を誘う場面ではある。それが本作ではあざといまでに、涙を誘おうと必死になっているのがみえてくる。親が子供に対して最後を告げるなんてずるい。どう考えても泣ける場面以外のなにものでもない。それまでの設定にリアル感がなかったり、自衛隊に対する人命の希薄さだったり、気になる部分は多々あるが、最後は泣ける。あまりに定番だと思いつつも泣けてくる。

■ストーリー

世界中の戦場を駆け巡った元戦場カメラマンの西崎。ある日、彼は山中で空を駆けていく赤い光を目撃する。その頃、政府に米軍の戦略爆撃機“ミッドナイトイーグル”が消息を絶ったという極秘情報がもたらされる。なんとその機体には日本全土を危機に陥れることができる特殊爆弾が搭載されていた…。

■感想
本作での一番の災難は落合ではないだろうか。スクープほしさに山奥まで入り込み、挙句の果てには銃撃戦に巻き込まれる。いまさらながら北の工作員がどうだとか、米軍がどうだとか言われてもイマイチ、ピンとこない。こないことが平和ボケしていると言われるかもしれないが、それが正直な感想だろう。ハリウッド映画ならば許せる設定であっても、邦画ならば気になって仕方が無いという設定もある。それが本作のような北絡みの銃撃戦の類だろう。

雪山で遭難の危険性を背に、必死に前へ進みながら銃撃戦を繰り返す。あっさりやられる自衛隊であったり、北の工作員が大量に山へ入り込んでいたり。今の日本にこんなことがありえるのか。なぜ日本をこれほどまで攻撃しなければならないのか。現実感に乏しい設定であることは間違いない。おそらく、本作は最後の場面を描きたいがために、逆算して設定を決めていったのだろう。自己犠牲を際立たせるためには、それだけの危機が必要であり、民間人が巻き込まれる必然性も必要だ。それがわかってしまったのが痛恨のミスかもしれない。

緊迫感を演出する総理大臣以下の面々は良かった。今の総理にここまでの決断力や一人の決断に頼る風潮はないのだろう。事なかれ主義に終わりそうな現実から反するように、しっかりと優先順位を決め、決断している。西崎の子供に対する言葉はとても印象に残っており、この場面であえて総理が関西弁を使ったのも、非常に効果的であった。物語全体からは、終始リアル感が欠如した。いかにもありきたりなクライシスものという雰囲気が漂っていたのだが、後半から一気に泣かせにかかっている。この怒涛の流れはわかっていながらも、まんまと術中に嵌ってしまう。

アルマゲドン的展開が悪いとは決して思わない。ヒーロー崇拝のアメリカと比べると、日本人向けにはこの描き方が一番だったのだろう。子供に最後の言葉を告げる西崎に対して、最後まで必死に抵抗しつづけた自衛官は何の言葉を残すこともなかった。このあたりが、なんだかなぁと感じてしまった。



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