重力ピエロ 伊坂幸太郎


2006.8.30 知性溢れる会話 【重力ピエロ】

                     
■ヒトコト感想
この作者の作品は全てキャラクターに魅力がある。本作も中身はわりと、どこにでもありそうな小難しいミステリーなのかもしれない。遺伝子配列がどうとか、ゴダールだとか。しかし読み終わると不思議とそんなことよりもキャラクター個々の魅力と、なぜか泣ける作品ではないはずなのに泣けてきててしまう。全ての登場人物が小難しい理屈をこねたり、普通ならば話さないような会話を展開している。そこは非日常なのだがそれが自然に繰り返されると、それが日常になってしまう。この感覚は森博嗣の作品に近いものがあるかもしれない。登場人物達が発する言葉でキーになるものはとても印象に残り、そしてこの作品の魅力となっている。

■ストーリー

兄は泉水、二つ下の弟は春、優しい父、美しい母。家族には、過去に辛い出来事があった。その記憶を抱えて兄弟が大人になった頃、事件は始まる。連続放火と、火事を予見するような謎のグラフィティアートの出現。そしてそのグラフィティアートと遺伝子のルールの奇妙なリンク。謎解きに乗り出した兄が遂に直面する圧倒的な真実とは―。

■感想
親子関係が希薄といわれている昨今。本作のようなすばらしい両親がいるのだろうか。子供に対しての接し方。それらが全て完璧だとは思わないが、これほど子供の心をつかむ親もそうはいないだろう。この父、母にしてこの子供ありだ。突拍子もない展開に思える父親と母親の出逢い。小説だからと許されるのだろうが、これは現実にありうることだ。現に、僕の知り合いは本作の両親と同じような出逢い方をしてゴールインした夫婦もいるのだから。

小難しい遺伝子やゴダールなど、普段、僕の周りでそんな会話をすることはまずない。ユーモアに溢れ、その中でも知性溢れるような会話。探偵と泉水が会話する場面でも、こんなオシャレな会話をすることがあるのだろうかと毎回疑問に思っていた。兄弟の会話も同様に知性のレベルが高くなければ到底ついていけないような会話だ。現実問題としてゴダールを会話に出されても会話が続くかどうか見極めて話さなければならないだろう。少なくとも僕の周りには、自分も含めていないだろう。

オシャレな会話に印象的な表現。詩的な表現があるかと思えば、とても直接的に心に響くような言葉を発したりもする。親子関係がテーマとなっており最後には父親の死が関わってくるのでしんみりとした終り方になるかと思いきや、やけにあっさりと爽やかな終わり方になっている。死を覚悟したはずの父親の言動や、それを知りながらの兄弟の会話。「俺にそっくりでウソが下手だ」という言葉一つで何かうれしさがこみ上げてきたが、それと同時に悲しさも沸いてきた。あー、父親も結局死ぬんだ。と思った。

泣けるような作品ではないのに、泣けてくるから不思議だ。




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